繋がり申請の向こう側
特にLinkedInにて一日にいくつもの繋がり申請をいただく。
本当にありがたいことだと思っている。
私は「繋がり申請歓迎」と明記しているし、その姿勢に偽りはない。
けれど、承認後にこう尋ねることにしている。
「どんなきっかけで申請してくださいましたか?」
すると、約半数は返答がない。
中には「投稿を読めばわかるでしょう」と返ってくることもある。
以前の私は、その反応に強い違和感を覚えていた。
なぜ、つながろうとしたのに、関わろうとしないのだろう。
接続という合理性
しかし最近、こう考えるようになった。
もしかすると私が、LinkedInを「関係をつくる場所」だと思いすぎていたのかもしれない、と。
多くの人にとってそれは、名刺フォルダの拡張であり、可能性を保管しておく棚のようなものなのだろう。
接続しておく。
必要になったら、いつか取り出す。
それも一つの合理的な使い方だ。
実際、目的によって行動は変わる。
ビジネス上の機会を広げるために使うのか、近しい関係を築くために使うのか。
その違いが、スタンスの違いになる。
ダンバーの150人
英国の人類学者ダンバーは、人が安定的に関係を保てる人数は約150人だと述べている。
私たちの時間とエネルギーは有限だ。
だからこそ、多くの接続を持ちながらも、実際に関係として育てられる数は限られている。
そう考えると、接続を増やすという選択も、合理的で自然なことなのだと思う。
それでも、私は
けれど私は、どうしてもそこに“関係”を置きたい。
少し極端な例えかもしれないが——
申請だけして、その後まったく関わらないというのは、誰かの家のインターフォンを鳴らして、相手が出てきたのに理由を言わないことに、どこか似ていると感じてしまう。
私は、呼び出されたなら、せめて一言の挨拶があってほしいと思う。
それは礼儀の話ではない。
そこに「意思」があるかどうかの話だ。
はじめの一歩は、関係の中で生まれる
私の活動の第一目標は、誰かが“はじめの一歩”を踏み出すことだ。
大きな挑戦でなくていい。
小さな一歩でいい。
その一歩は、多くの場合、誰かとの関係の中で生まれる。
「見ているよ」
「応援しているよ」
「一緒に考えよう」
そうした言葉が、人を動かす。
ボタンひとつの接続ではなく、少しの勇気を伴う関係が、人を前に進ませる。
数よりも、深さを
だから私は、繋がることを軽く扱いたくない。
数よりも、深さを選びたい。
効率よりも、対話を選びたい。
接続の時代に、あえて関係を求める。
それは少し面倒で、少し非効率かもしれない。
でも私は、その非効率の中から生まれる“はじめの一歩”を信じている。
あなたにとって、つながるとは何だろうか。
それは接続だろうか。
それとも、関係の始まりだろうか。

