『正体』──小説と映画、それぞれが描く“信じる理由”
一家惨殺の罪で死刑判決を受けた男、鏑木慶一。
刑務所での自傷、搬送中の脱走──そこから始まるのは、ただの逃亡劇ではありません。
各地で姿を変え、名前を変え、人と交わる。
その一つ一つの出会いが、物語の軌跡を少しずつ変えていきます。
小説版が描くのは“求める理由”と社会の影
小説版『正体』では、鏑木が「何を求めて動いているのか」に焦点が当たります。
彼の心の奥に潜む目的が、細やかな心理描写とともに浮かび上がる。
同時に、彼を取り巻く人々の環境、そして時に歪んだ正義感までが丁寧に描かれ、読者は“社会”という広い背景まで見渡すことになります。
映画版が描くのは“信じる理由”と人の眼差し
一方で映画版は、当然ながら時間の制約で多くの場面が圧縮されています。
登場人物の立ち位置も変わり、小説で描かれた心理の積み重ねは尊重はされているものの明らかに異なります。
しかし、その代わりに映画は「鏑木慶一を信じる」というテーマをより強く押し出しています。
「誰かを信じることは時に危険で、時に救いになる」──そんな人間関係の核心が、映像と役者の表情(主演の横浜流星さんはもちろん、吉岡里穂さんや山田孝之さんの演技は必見)を通して迫ってきます。
そして、結末は変わる…。
主張するテーマが異なれば、当然ながら結末も変わります。
同じ物語のはずが、読む者と観る者が受け取る“余韻”はまったく違うのです。
それぞれのエンディングを味わい比べることが、この作品の醍醐味のひとつと言えるでしょう。
あとがきに宿る、著者の心の叫び
小説版の最後、著者のあとがきには、作品を通して伝えたかった心の叫びがそのまま爆発しています。
この数ページを読むことで、鏑木というキャラクターの輪郭だけでなく、著者自身がこの物語に込めた“願い”がはっきりと見えてくるはずです。
結論:小説と映画、両方を味わうべし
まず小説版で「求める理由」を知り、次に映画版で「信じる理由」を感じる。
そしてあとがきで著者の心の奥にも触れる
この方法こそ、『正体』を最大限楽しむ方法ではないかと思っています。