① なぜ今、この本を手に取ったのか
カープファンにとって「新井貴浩」は、ヒーローであり、裏切り者であり、そして帰ってきたドラマチックな経歴の男でもある。
正直に言うと、この本はかつての野村克也氏が唱えるような「戦術論」や「優勝請負人のノウハウ」を知りたくて読む本とはまた異なる。
もっと言えば、まだ見たこともない日本一への渇望はあるものの、日本一への“近道”が書いてあるわけでもない。
人が逆境の中で、どう折れずに立ち続けるのか…。
その姿を、新井監督という存在を通して心理学的にも見てみたかったからだ。
② 「トップダウンではない」新井監督の哲学
この本を読んでまず印象に残るのは、新井監督が即断即決の独裁型リーダーではないという点。
ここはおそらくカープファンならばほぼ全員が納得するところだとは思う。
・まず選手の声を聴く
・コーチ陣と何度も話し合う
・答えを急がず、納得解を探す
一見すると「優柔不断」に見えるかもしれない。
一歩間違えると内輪にこもる仲良しグループになりかねない。
でもそれは、自分の正しさを証明するための采配ではなく、チームが前に進むための選択をしているからだろう。。
自分なりの信念に忠実なので、勝つために声を張り上げるのではなく、負けた後こそ対話を重ねる。
この姿勢そのものが「逆境の美学」に代表されているのではないだろうか。
③ 阪神移籍、そしてカープ復帰という物語
カープファンなら、ここを避けて通れない。
著者の書きっぷりもここはどこか怒りのような強い思いが感じ取れる。
新井貴浩は一度、カープを去った。
それもライバル球団である阪神へ。
当時の感情を正直に言えば、「なんでやねん」「裏切られた」という気持ちを抱いた人も多かったはずだ。
でも本書を読むと、その選択が逃げでも裏切りでもなく、
先に阪神に行った金本知憲のもとで野球がしたいという自分の思いに忠実に向き合うための決断だったことが伝わってくる。
そして、またカープに帰ってくる。
この“戻ってくる”という行為が、どれだけ勇気のいることか。
失敗も批判も全部引き受けたうえで、もう一度、阪神に移ったばかりの広島での開幕戦でありったけのブーイングを受けたあの時と同じように立つ。
それを許した球団とファン、そして帰ってきた新井本人。
この関係性そのものが、カープというチームの文化なのだと思う。
ファンも含めて育ててきた息子がその恩も感じずに出ていくことにやり場のない怒りを感じ、でも帰ってきたときには快く迎え入れる。
環境の与える影響は大きくて、原爆投下という史上最大の逆境から立ち直った広島という土地が、新井監督も掲げる「カープは家族」という価値観に結びつく。
この点は筆者も指摘しているところである。
④ どん底に沈んでも、また浮かび上がる人
新井監督個人のキャリアも、決して一直線ではない。
むしろ何度も沈み、何度も立ち上がるジェットコースターだ。
そしてその「逆境」は、2026年現在、まさに今のチームにも容赦なく襲いかかっている。
今季、キーマンの一人になるはずだった羽月隆太郎選手が指定薬物「エトミデート」を使用した疑いで逮捕された情報が日本全体に大きなショックを与えた。
昨年は打率を3割弱まで伸ばし、盗塁数でも存在感を示すなど間違いなく「これから」の選手だったし、浮沈を左右するくらいのキーパーソンで大きな期待を背負っていたはず。
詳細は取り調べ中でありここで断定的なことは言えないし、尿検査で陽性であったという知らせを受けてもまだ、何かの間違いであってほしいという願いも捨てきれない。
本当に、これほどまでに逆境ばかりが毎年毎年毎年…、重なるのかと思わされる出来事だ。
ファンの誰もが、心の中で「ふざけんな!」と叫びたくなったはずだ。
それでも──
それでもなお、そこからの浮揚力に期待してしまう自分がいる。
いや、期待するしかないのかもしれない。
たしかに球団を見渡せば、コーチ人事なども含め、大きくそして前向きに動いているようには見えない。
他球団のような劇的なテコ入れがあるわけでもない。
それでも、新井監督だから、新井さんだからすべてを覆して、日本一に手をかける。
そんな夢を、どうしても描き続けてしまう。
どん底に沈んでも、また浮かび上がる。
新井さんの目の前のことから逃げずに愚直に向かい合ってきた生き方やプレーを何度も見せられてきたからこそ、カープファンは、今年で最後だぞと思いつつ今日も信じてしまう、そのようなファン心理を筆者は捉えている。
⑤ カープファンが応援しているものの正体
この本を読み終えて思った。
カープファンが応援しているのは、「強さ」や「結果」だけじゃない。
・不器用でも、逃げない姿
・失敗しても、居場所を取り戻す姿
・仲間と話し合いながら家族一丸になって前に進む姿
それら全部ひっくるめたスマートではない、“人間くささ”なのだと思う。
我々は望む将来や結果に近づくために憧れになる人をモデリングする習性があるが、新井さんはまさにその象徴だ。
⑥ 読後のひとこと
『逆境の美学』というタイトルは、けっして格好つけた言葉じゃない。
逆境は避けられない。
でも、その中でどう立つかは選べる。
この本は、カープファンだけでなく、
・どん底を経験している人
・一度立ち止まった人
・もう一度やり直したい人
そんな人の背中を、静かに、でも確実に押してくれる一冊だと思う。
新井さんが示しているのは、完璧な答えではなく、進み続ける姿勢。
人生もきっと同じだ。
一気に好転しなくていい。
全部を変えなくていい。
ただ、やめずに、信じて、自分ができる小さな行動を選び続けること。
どん底に見える今も、実は次の浮揚のための助走かもしれない。
だからこそ、はじめの一歩を踏み出そう。
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