今回は綿矢りさの『ひらいて』という作品を読んだんだ。
綿矢りさは高校2年生の時に『インストール』で文藝賞受賞。
『蹴りたい背中』は衝撃的なタイトルでもあり最年少の芥川龍之介受賞作品ということなど気にはなっていたが、機会があって初めて綿矢作品を読むことができた。
非常に苛烈な作品だなというのが抱いた正直な感想。
実は前回紹介した作品よりも早く読了していたけれども、どう解釈していいかわからず放置していた作品になります。
愛は同じクラスの西村たとえに心が惹かれていくのだが、彼には中学校の頃から付き合っている美雪がいた。
途中、愛はたとえに告白するが失敗して破壊衝動に走り、たとえの彼女である美雪と寝ることになる。
それでもあきらめきれずたとえに迫って拒否をされる。
主人公の女子高生木村愛はそれまで優等生として世界をコントロールして、うまく人生を動かしてきた側の人種でもあったため、うまくいかない経験が乏しく結果や体面をおそれずに暴走していく。
いくらこれまでうまくやり過ごしてきても、恋はコントロールできない。
一方でたとえは家庭での問題、美雪は糖尿病とどうつきあっていくかなどそれぞれに課題を抱えながら生きている。
そんななかでいろんな出来事を経て結論、たとえや美雪とどうなったのかが見所。
そして、タイトルの「ひらいて」の意味などはどうなのか…、非常に考えさせられる。
ただ一言で言うと、「頭で生きていた人が、感情にひらかれてしまう物語」なのかもしれないね。
ネットフリックスで契約が切れているので他の媒体だったら見れるかもですが、原作を映画化したものもあるらしいのでよかったらぜひ。
https://www.shinchosha.co.jp/book/126651

愛の心理って、心理学的にどう見る?
① 「コントロール喪失型の執着」
「うまくいかないなら壊してやる」これは犯罪心理でもよく出てくる構造で、
コントロールを失った人が、破壊で回復しようとするというパターン。
心理的にはこういう流れになりやすい。
- 自分は有能でコントロールできる存在だと思っている
- しかし恋愛は思い通りにならない
- 自己理想像が崩れる
- 相手や状況を壊して均衡を取り戻そうとする
つまり、「支配できないなら破壊してしまえ」
これはストーカー犯罪やDVの心理でもよく見られるもの。
② 「三角関係による執着の増幅」
愛の感情がここまで暴走する理由は美雪という存在がいること。
心理学では欲望は障害物があるほど強くなると言われる。
簡単に手に入る恋より、手に入らない恋の方が執着は強い。
だから愛の恋はこの三角構造の中で、競争と嫉妬で増幅していく。
③ 「倫理観より感情が優先される瞬間」
普段の愛は優等生だから「倫理や社会性、常識」は理解しているはず。
でも恋愛で感情が爆発すると倫理観より衝動が前に出る。
これも実は人間の脳の構造的には説明できるようで、「理性的な判断をする前頭前野より感情を司る扁桃体の反応が強くなると人はかなり極端な行動に出る」とのこと。
つまり愛は理性を失ったというより、感情に乗っ取られている状態と言えるのでは。
ひたすら堕ちていく…思春期ナルシシズム
愛のように自分は特別だと思い、拒絶されいたたまれなくなり破滅活動に走る。
周囲の人間を使える道具くらいしか見ていない。
ドメスティックバイオレンスでも良く出てくる自己愛性パーソナリティ障害と重なる部分も。
ただ自己愛性パーソナリティ障害はこう見られたい自己像があって外では素敵な人格者ぶろうなどとするけれども、愛はなんか違う。
心理学者コフートの理論では思春期には自己愛の再編成が起きるようで、
- 自分は特別
- 誰かに愛されたい
- 認められたい
これがうまくいかないと「嫉妬・羞恥・攻撃」が爆発することがある。
むしろ愛はこの思春期の自己愛が暴走した状態にかなり近い感じがする。
結論:綿矢りさ(の作品)は怖い
もし愛がパーソナリティ障害なら「やべえヤツ」でスルーできる。
でも、愛は「優秀で普通の女子高生」であるだけに、「条件が揃えば誰でもこうなるのでは?」と訴えてくる怖さがある。
またたとえの父親が自己愛性パーソナリティ障害とも読み取れるところもあって、環境に受動的に合わせるところが愛を惹きつけたかもしれないね。
この作品は冒頭で言っていたように読了してすぐにまとまらず、しばらく放置していたのが実情。
結果、感じたのは愛の暴走だけを描いているように見えて実は、
- 家庭
- 病
- 思春期
- 承認欲求
見事にこれらを全部ひっくるめて構成しているということ。
これは単なる「ヤバい恋愛小説」じゃなくて人格形成の物語にもなっている気がする。
心理学的に見ていろいろな解釈ができる作品はあまりないかも。
これを描ける綿矢りさ先生は本当に心の底から怖いと思ったよ(笑)
