今回の内容は人生の終焉をテーマにした内容となります。
この内容でお心が平穏でいられなさそうな方は遠慮なく避けてください。
次回から心理学をベースにした発信を再開する予定です。
1.鉄人みたいな人
20代で入社した、かつての職場の先輩。
その訃報を、先週末、人づてに耳にした。
その方は私より10歳ほど年上。
私が最初に所属した事務所の上司であり、先輩であり、そして長く背中を見続けた人だった。
その後、ありがたいことに副責任者にも抜擢してもらい、一緒に仕事をする機会も少なくなかった。
高校野球では甲子園への出場経験を持ちながら、誰もが知る国内有数の国立大学で倫理学を専攻、そして専門とはまったく異なる業界で働いていた。
とにかく、自分に厳しい人だった。
目標に対して妥協を許さず、いつでも全力。
どんな時でも真正面から向き合う。
そんな人だった。
ある合宿運営に携わった時のこと。
昼食に、どう考えても手を抜いたとしか思えない料理が出てきたことがあった。
彼は何も言わず最後まで食べきった。
そのあと静かにこう言った。
「僕が少し物、申してきますわ」
そして調理室へ向かい、料理長と真っ向から話をしていた。
決して感情的になるのではない。
ただ、「おかしいことはおかしい」と言える人だった。
背も高く、筋骨隆々。
責任感が強く、どんなことにも全力。
周囲からは半ば本気で「鉄人」と思われていた。
2.強い人ほど、無理をしてしまう
今なら到底許されない話だと思う。
当時の業界は、年末年始が特に繁忙期だった。
ちょうど感染症も流行する時期で例外なく、彼も体調を崩した。
さすがの鉄人も限界だったんだろうね。
本部へ状況を伝えると、返ってきた言葉が今でも忘れられない。
「君、それ聞かへんことにするから今から出てくれるか?」
今の時代なら到底許されないんだけど、けれど当時は、それが現実だった。
代わりの人材がいなかった。
責任感が強い人ほど、無理を引き受けてしまう。
彼もそうだった。
そこから3日間、時間有給を取ることもなく働き続けた。
何かあれば最後まで責任を取る。
逃げない、やり切る。
まるで武士のような人だった。
時が経ち、主要な人材が次々と職場を去っていった。
補充は追いつかない。
そして会社は「鉄人」であることを前提に、さらに負担を積み重ねていった。
兼任業務、増える責任、集中する負荷…。
強い人ほど、無理をしてしまう。
そして周囲も、それを当たり前だと思ってしまうのは現在でも解決されない課題だね。
3.最後に見た姿
私も同じ頃、その職場を去ったんだけども、ただ一つだけ後悔がある。
退職時、当時の部長からこのように念を押されていた。
「会社に無用な混乱を起こさないため、一切社員に挨拶をするな。街で会っても声を掛けるな」
残ったメンバーに新たな災難に遭わせたくない。
こんな思いから、その言葉を私は真面目に受け止めすぎた。
退職して2年後、電車で偶然に彼を見かけた。
たしかに斜め前に立っていたのだ。
最後に会った頃とは違い、髪はほとんど白くなっていた。
驚いたし、声を掛けたい衝動にかられた。
けれど、「残った人に迷惑を掛けてはいけない」…、そんな呪いのような言葉が、自分を席から立たせなかった。
あれが、最後になった。
あの時、話しかけていたら。
そんな問いが、今になって何度も浮かぶ。
4.人は、いなくなってから何度も会いにくる
普段は目の前のことに追われ、振り返る余裕なんてない。
けれどこういうことが起きると、不思議なほど思い出が戻ってくる。
修羅場。
ターニングポイント。
何気ない日常。
本当に次から次へと浮かんでくる。
そのことに、自分自身が一番驚いている。
驚異的な洞察力、責任感、パワフルさ。
間違っていることには、相手が上司でも顧客でもはっきり言う。
でも常に相手の立場にも立つ、本当に優しい人だった。
外回りで、3時間も待機しなければならなかったことがある。
ミスドでホットコーヒーを、お腹がタプタプになるまで飲みながら、ずっと話をした。
バーベキュー大会に参加した時には、アルコールに強くないのに開始10分で顔が真っ赤になっていた。
うーん、困ったなあ…、当時の景色が次から次へと浮かんでくる。
どうしたものか…、でも、少し懐かしく嬉しくもある。
5.今ならわかること
私がかつて体調を大きく崩し、倒れてしまった時に彼からいただいたメールを、今はほとんど使わないアドレスの中から見つけた。
たぶん、100%承諾をもらえる気がするので公表します。
「【タイトル:お大事になさってください】倒れたとうかがいまして心配しています。君(いとやん)が倒れたなど想像だにできなかったので本当に無理を重ねていたことだろうと思います。しばらくゆっくり休んでくださいと言えないところが辛いところですが、切にご自愛下さい。なお返信は不要です。お気遣いなさらぬように。」
いろんな方からお見舞いをいただいた。
改めて見返してみると、最初に送ってくれていたことに気付いた。
当時は自分のことで精一杯だったんだけど、今読むと本当にありがたい。
そして思う。
彼が本当にしんどかった時、自分は何かできていただろうか。
たった一言、「大丈夫ですか?心配していますよ」
その一言すら届けられなかったことが、心にまとわりつくように少し苦しい。
でもきっと、彼なら独特の高い声で言う気がする。
「あー、そんなの気にしなくても大丈夫ですよ~」って。
訃報が届いた時間が、ちょうど荼毘に付された頃だったことも含めて…。
最後まで気を遣ってもらったのかもしれないね。
正直、早く旅立ちすぎます。
でも、今の私の生き方に大きな柱をぶち込んでくれたようにも思う。
あの頃より、ほんの少しは成長できていると信じたいな。
次にお会いする時、「ちょっとは頑張ったな」などと、言ってもらえるように。
きっと、あちらでもじっとはせず、ピンチのところにやってきて身体を張ることでしょう。
だからその日まで、あちらでどうか活発に活動なさっていてください。
ではその日まで忘れない、いつまでも!
そしてみなさんも大切な人や疎遠になった誰かがふと気になったり心配になったりしたら、気楽に一言でもメッセージを送ってみませんか。

